東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8883号 判決 1973年9月21日
原告 飯島勇
右訴訟代理人弁護士 古川豊吉
同右 古屋倍雄
被告 山口末吉
被告 山口勝治
右両名訴訟代理人弁護士 梅沢秀次
同右 神保国男
右梅沢復代理人弁護士 安田秀士
主文
一 被告山口末吉の原告に対する東京法務局所属公証人坂本謁夫昭和四五年三月七日作成同年第六七七号債務弁済契約公正証書に基づく元本債権額六一〇万円・利息日歩二銭五厘・遅延損害金日歩三銭・弁済期昭和四五年六月三〇日なる債務は、元本債権額を二七五万七三一八円と変更した額を超えては存在しないことを確認する。
二 被告山口勝治の原告に対する前項の公正証書に基づく債務は存在しないことを確認する。
三 被告山口末吉・同山口勝治は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の各土地につきなされた別紙登記目録記載の抵当権設定登記の債権額を二七五万七三一八円に更正登記手続をせよ。
四 被告山口勝治は被告山口末吉に対し、前項の各土地につきなされた前項の各登記の抵当権者を被告山口末吉単独権利者名義に更正登記手続をせよ。
五 被告山口末吉が原告に対し、第一項の公正証書に基づき、第一項の変更債務額を超えて強制執行することは、許さない。
六 被告山口勝治が原告に対し、第一項の公正証書に基づく強制執行をすることは、許さない。
七 被告山口末吉・同山口勝治に対するその余の請求を棄却する。
八 訴訟費用は二分して、その一を原告の、その余を被告両名連帯の、各負担とする。
九 当庁昭和四六年(モ)第一五四八四号強制執行停止決定は、被申立人山口末吉に対する関係ではこれを取り消し、被申立人山口勝治に対する関係ではこれを認可する。
一〇 前項に限り、確定前に執行できる。
事実
第一双方の求める裁判
A 原告(請求の趣旨)
一 被告らの原告に対する東京法務局所属公証人坂本謁夫昭和四五年三月七日作成同年第六七七号債務弁済契約公正証書(以下本件公正証書という。)に基づく元本債権額金六一〇万円・利息日歩二銭五厘・遅延損害金日歩三銭・弁済期昭和四五年六月三〇日なる債務の存在しないことを確認する。
二(1) 被告らは原告に対して、別紙物件目録(二)記載の各土地につきなされた別紙登記目録記載の登記の抹消登記手続をせよ。
(2) 被告らの本件公正証書に基づく強制執行は許さない。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求める。
B 被告ら
原告の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二双方の事実主張(その一)
A 原告(請求の原因)
一 被告らは原告に対し昭和四四年六月一二日六一〇万円(被告末吉三〇〇万円、被告勝治三一〇万円)を利息日歩二銭五厘・損害金日歩三銭・弁済期昭和四五年六月三〇日の約定で貸付けたと称し、
(イ) 当事者間に昭和四五年三月七日公証人作成の本件公正証書が存在し、これには直ちに強制執行を受くべき旨認諾したとの記載がある。
(ロ) また、右債権につき、昭和四四年六月一二日設定契約により、原告所有の別紙物件目録(二)の土地につき、別紙登記目録記載の抵当権設定登記がなされている。
二 そして、被告らは、原告が期限に弁済しないとして、
(イ) 本件公正証書の執行力ある正本に基づき、別紙物件目録(一)記載の建物に対し、昭和四六年六月二五日貸付元金の内二〇〇万円につき強制競売の申立をし、昭和四六年(ヌ)第三六〇号事件として同月二六日競売手続開始決定があり、同月二九日東京法務局練馬出張所受付第三三五七八号を以て強制競売申立登記がなされ
(ロ) また、別紙物件目録(二)記載の土地に対し、昭和四六年三月一五日前記抵当権の実行による競売の申立をし、昭和四六年(ケ)第二一三号事件として同月一六日競売手続開始決定があり、同月一八日前記出張所受付第一三〇九号を以て任意競売申立登記がなされた。
三 しかしながら
(イ) 原告は、本件公正証書作成の代理権を授与したことなく、従って被告らに対し前記執行認諾の意思表示をしたことがないし、
(ロ) また、原告は被告らとの間に前記のような抵当権設定契約をした事実もない。
(ハ) 原告と被告らとの間には、そもそも、本件公正証書や抵当権設定登記に示されているような金銭消費貸借契約の事実がないのであって、すべて被告らが原告不知の間に勝手な記載をしたものに過ぎない。
四 よって、請求の趣旨記載のような判決を求める。
B 被告ら
Aの一及び二は認める。三は否認する。
第三双方の事実主張(その二)
A 被告ら
一 (被告末吉関係)
1 被告末吉は昭和四四年六月二日原告に対し、三〇〇万円を弁済期同月一二日、利息一割の約束で貸し渡した。
2 原告は翌三日同被告に対し、右債務支払のため、額面三〇〇万円、満期同月一二日の約束手形一通を交付し、また、その所有する別紙物件目録記載の土地・建物(以下本件土地建物という。)を担保として提供することを約した。
3 同月一二日、原被告は右貸金三〇〇万円の債務を目的として準消費貸借を締結し、弁済期を昭和四五年六月三〇日、利息日歩二銭五厘、損害金日歩三銭と定め、また担保として本件土地建物につき抵当権を設定する旨の契約をした。
二 (被告勝治関係)
1 被告勝治は、昭和四三年一二月原告から「自分は三菱産業という会社に勤務しているが、その会社は軽井沢の土地を分譲販売しており、その土地を今買って半年後に転売すれば五割の利益があがる。その資金として三一〇万円貸して欲しい。」という借用の申込みを受け、昭和四三年一二月一〇日に一五〇万円、昭和四四年一月二四日に一六〇万円を、弁済期は買入土地を処分する時(一応半年後)として、貸し渡した。
2 しかし、原告は土地を買わなかったので、同被告は返還を要求し、結局、昭和四四年六月一二日原被告は右債務を目的として、弁済期昭和四五年六月三〇日、利息日歩二銭五厘、損害金日歩三銭の約で準消費貸借を締結し、右債務を担保するため、本件土地建物につき抵当権設定契約を締結した。
3 なお、原告はその頃同被告に対して右債務支払のため、額面一五〇万円及び一六〇万円の二通の約束手形を振出交付し、二度書き替えられて、昭和四五年二月一二日右二通を一通の額面三一〇万円、満期同年五月三〇日の約束手形に書き替えたが、結局不渡となった。
三 (抵当権設定登記)
被告らは、昭和四四年一二月原告に対して、前記それぞれの抵当権設定の登記手続に協力するよう要求したところ、原告は本件土地の権利証、印鑑証明書三通、実印、委任状を被告末吉に交付し、同人にその手続を依頼したので、同被告は同月一七日、右権利証、印鑑証明書、委任状を使用して、登記を了した。本件建物については当時保存登記がなされていなかったので、抵当権の登記をしなかった。
四 (公正証書作成)
また原告は、昭和四四年一二月被告末吉に抵当権の登記手続を依頼する際、両被告との間の消費貸借契約並びに抵当権設定契約につき公正証書を作成することを承諾し、被告末吉に、実印、印鑑証明、白紙委任状を交付して、公正証書作成の代理人選任を同被告に依頼した。
よって同被告は、昭和四五年三月七日、原告代理人に訴外山口政広を選任し、被告勝治と共に本件公正証書を作成した。
B 原告
一 (被告末吉関係)
1 A一1は否認する。被告末吉が貸し付けた相手は原告ではなく、訴外三菱産業である。
同被告は昭和四四年六月頃一〇〇〇万円ほどの遊金を利殖したい旨原告に申し出たので、原告は同人に当時原告が勤務していた右訴外会社を紹介し、その結果同被告と訴外会社との間に同月一〇日三〇〇万円、利息月一割、期間は短期間と定めて金銭消費貸借(融資)契約が成立し、同被告は訴外会社に一〇日分の利息を天引した二九〇万円を交付した。しかし、訴外会社はこの返済ができないまま同年一二月倒産したものである。
2 A一2の約束手形振出の事実は否認する。もっとも、右二九〇万円受領の際、訴外会社は同会社名義の約束手形を振り出すことが、当時銀行口座を持たなかったので、できず、一時的に原告振出の小切手を同被告に交付したことはあったが、その後直ちに第四銀行に口座を設けて訴外会社名義の約束手形を振り出し、右小切手と交換した次第である。本件土地建物を担保として提供する約束は否認する。
3 A一3は否認する。
二 (被告勝治関係)
1 A二1の事実は否認する。被告勝治に対し原告が北軽井沢の土地(郡馬県吾妻郡嬬恋村鎌原所在山林、以下本件山林という。)の購入をすすめたことはある。同被告は前記三菱産業の前身である訴外磐梯急行から本件山林二区画三一〇坪を購入し、妻山口一枝を買受名義人としたが、転売を予定したため、移転登記をしなかったのである。昭和四三年一一月の契約時に頭金一六〇万円が支払われ、翌年一月末一五〇万円が支払われ、いずれも右磐梯急行名義の領収証が交付された。
2 A二2は否認する。
3 A二3の約束手形振出は次の事情による。同被告は、頭金を支払って直後、近隣の工場買受の資金とするため、本件山林の早速の転売を原告に要求して来たが、買手がなかったので、原告は満期を異にする額面五〇万円のもの五枚、同六〇万円のもの一枚、計六枚の約束手形を振り出し、融通手形として資金調達に資させた。同被告が現在所持する額面三一〇万円の約束手形はそれを最後に書き替えた時一枚にまとめたものであり、本件において原告と同被告との貸借の証拠となるものではない。
三 (抵当権設定及び公正証書作成)
被告末吉は、自己及び息子である被告勝治の投資が訴外会社の倒産によって回収しえなくなったので、これを紹介者である原告の資産から回収しようとし、原告と伯父甥の関係にあることを利用し、「権利証を所持していると会社からの担保要請を断り切れまい。伯父である自分が預れば安全である。お前の家族を泣かすことはしない」など話して、原告に権利証や実印を一時預けさせ、これを以て本件抵当権登記や公正証書作成に及んだのである。
第四証拠関係≪省略≫
理由
一 (事案の背景)
原告は被告末吉の甥であり、被告勝治とはいとこ同士の間柄である(このことは当事者間に争いがない)。そして被告末吉は原告夫婦の結婚には仲人を勤めたこともあった。被告勝治と原告との間は冠婚葬祭で顔を合す程度であったが、原告の方が年長で学歴もあり、被告勝治に「勝ちゃん」と呼び掛けたりする親しさがあった。
原告は、一二年ほど第一相互銀行に勤め、支店長代理までしたが、退職し、一時八百屋を営業したが、それも失敗して昭和四三年一〇月一〇日訴外磐梯急行電鉄株式会社に入社し、不動産部(後「開発事業部」と改称)に配属され、開発課長となった。その上司は同部長中村栄治及び総務部長中川武臣であった。
右中村は同年七月の入社で、その頃から同社不動産部においては、新宿の太平住宅が所有する北軽井沢の本件山林五万数千坪を所有者から委託されて販売するようになり、いずれ国鉄嬬恋線が敷設され、地価は高騰するから、利殖投資としても利益が大きい、ということをセールスポイントとして、幾人もの販売員が、一区画一五〇坪前後、坪当り価格一万四〇〇〇円前後といった買い易い価格に分割して販売に努力した。本件山林を被告勝治が原告に勧められて買ったのか、原告が同被告から借金して自分の利殖のため買ったのか、という本件の第一の争点は、この段階でのことである。
ところが、磐梯急行は、その年の暮すなわち昭和四三年一二月には経営が行きづまり、家賃が払えなくなってそれまで事務所のあった有楽町の交通会館を引き払わざるを得なくなり、株式市場二部上場会社の資格も失った。そこで、今度は日本橋室町の三越本店前の福島ビルの一階に事務所を移し、資本金一一〇万円で戦前設立されたまま企業実体のなかった三菱物産株式会社の商号を三菱産業株式会社と変更し(この旨の登記は昭和四三年九月二六日になされている。)、企業目的にも売買仲介斡旋の一項目を加え(この旨の登記は昭和四四年六月一一日なされた。)、実際には、磐梯急行不動産部で従来手掛けて来た北軽井沢の土地販売事務を継承した。対外的には三菱産業との商号は昭和四四年一月一〇日から使用されたが、同年六月初めにはまだ銀行口座も開設されておらぬ状態であった。ただ、どの程度実現の具体性があったかは問題外として、新規にマレーシアとの合弁事業の計画などがあり、また、会社役員にはもと通産省事務次官であった光村忠三郎が代表取締役になるなど相当知名の人を揃えていた。被告末吉との関係はこの時点において生じ、同被告が同社に融資したのか、従業員としての原告が会社の金員調達のため同被告から借用したのかが、本件第二の争点として争われるに至ったのである。
しかし、この新会社の事業も失敗し、代表取締役も同年六月一三日には古全徳夫、同年八月二五日には沢田保知、同年一二月二四は柳沢義男と頻繁に交替し、昭和四六年五月以来は右柳沢が清算人となっているが、結局被告末吉から出た三〇〇万円は光村ら役員の昭和四四年六月のマレーシア渡航費二〇〇万円と急場の負債の凌ぎ一〇〇万円とに消費されてしまい、会社は同年末には倒産したので、右の出捐はいわば、訴外会社の喰い物にされたような結果になってしまった。以上の事実は≪証拠省略≫を総合して認められる。
二 (被告勝治との関係)
原告主張と被告主張とは、当事者が誰か、売買か消費貸借かといった根本的対立はさておき、細部においても、例えば、事前に中村との面接があったとか金員授受がどこで行われたか、といった点についても、対立している。そして、これを決定するに足りる文書はないが、それぞれの援用する証人の証言ないし当事者本人尋問の結果は、その主張に即するのであって、事実認定は結局いずれの人証が心証を惹くかの総合判断にかかるとせねばならない。
この点につき証明責任を負うのは、被告勝治であるが、その当事者本人としての供述からは消費貸借という心証はとれないように思われる。そもそもその主張自体(前記事実摘示第三A二1参照)、利息の約定なく、五割の利益云々というに止まるが、その供述によるも、「原告からの利益折半との申出に応じて貸した」と、消費貸借よりむしろ匿名組合を思わせるくだりがあり、更に、「坪一万二〇〇〇円を坪一万円にして貰った」と売買を思わせることも問わず語りしている(被告訴訟代理人の再尋問に答えて、「それは途中経過であった」と言い直しているが、十分の心証を惹かない)。また、当初の頭金を交付した一二月一〇日の前日、妻一枝と二人で銀行に預金を下ろしにいったという供述があるが、山口一枝自身の証人としての供述から、前日でなくその当日、原告の同乗する訴外会社運転手付きの車で銀行へ取りに行ったというのが事実であると認められるので、先の同被告本人の供述は誤りということになり、契約書を作ったのか作らないのか供述自体動揺するのとも合せ、同人の供述全体の信憑性を低めるものといわねばならない。
しかし、被告主張を支える間接事実として、成立に争いない乙第九号各証の約束手形がある。≪証拠省略≫を考え合せると、原告主張のように、当初五〇万円五〇枚、六〇万円一枚のものが書き替えで一枚になったと認めてよいが、当初の六枚の手形の振出の事情に関する原告主張に副う原告本人の供述は必ずしも心証を惹くものではなく(もし原告本人のいうような趣旨の融通手形であるなら、すぐこれを利用して工場買取資金を調達すべきであるのに、同被告がそのまま所持し続け書替えさせたというのは、むしろ、担保としての手形差入れを推測させるし、原告本人は銀行利息に関する反対尋問にも十分な答えができていない。)、同被告に有利な間接事実ということができよう。
一方、同被告が北軽井沢の土地を買ったのであるという原告の反対主張については、中村証人、永嶋証人のこれに副う供述がある。もっとも、中村証人が契約書は勝治名義と供述しているのが、永嶋証人の一枝名義の契約書との供述と違うなど細部のくいちがいは見られるが、被告側立証によるも頭金のうち一〇〇万円は一枝の持参金と認められるのであってこれを考え合せると、一枝名義の契約書があったと認めてよいと考えられる。この契約書が甲号証として提出せられていないことは、前記認定の訴外会社の成行きと考え合せると、文書類の行方不明ということも一応納得のゆく説明である。また登記がなされなかったことも、転売目的であったとすれば、左程怪しむべきことでなく、総合的には原告立証の方が矛盾が少ないと考える。
このように、被告に有利な間接事実もあるけれども、他方本来の証拠の総合評価では原告有利と思われるのであって、心証上はいわゆる真偽不明というべきものであるが、本件で証明責任を負うているのは被告側なのであるから、その効果は被告主張について論ずべきであり、結局、被告主張の金銭消費貸借債権の存否については、被告の不利に解するほかはない。
三 (被告末吉との関係)
これに反し、被告末吉との関係では、両被告主張の債権を認めることができる。この点の同被告本人供述は首尾一貫しているし、逆に、原告のいうような無担保での訴外会社への融資は、なにか特別な事情なしには考え難い。たしかに、前認定のように、三菱産業という商号、事務所所在地、代表取締役の氏名など一見信用ある会社と思える仕掛であったし、原告本人供述もその点を強調している。しかし、同被告は経済取引に無知な田夫野人ではなく、会社を経営していた経験もあるのであるから、銀行の口座がなくて従業員の口座を借りるというような会社に無担保で融資することの危険は十分察しえた筈である。また、原告主張に即する中村証人、中川証人の各供述は、例えば借用書を出したか否かでくいちがうなど、それ自体として心証を惹くところが少ないし、比較的信憑力ある永嶋証言では、かえって、利息支払の出金伝票に原告の印鑑押捺があったとか、同じように外部から資金を導入するのに成功した従業員松浦のケースでは、会社としては松浦から借りたことになったとか、むしろ原告主張を裏切る供述もあり、これに後で認定する同被告への原告からの担保差入れの事実を総合すると、同被告は原告からの担保を得て原告に貸したのであり、原告がそれを訴外会社に貸し付けた、と見るのが実態に即すると考える。金銭の授受は、原告側人証により、会社事務室で中村・中川・永嶋ら立会の下に二九〇万円が同被告から会社側に交付する形で行われたと認められるし、永嶋証言によれば、会社名義の約束手形が同被告に差し入れられたことも認められるが、これらの事実があるからといって、先の貸借当事者の認定が左右されるものではない。原告本人の供述中、これに反する部分は措信しない。
かようにして同被告主張のような原告に対する消費貸借債権を認めることができるが、月一割の利息は利息制限法に反するので、原被告双方本人の供述から認められる、当初の一〇万円の天引とその後一〇日目でその一〇万円宛三回の支払につき、その元本充当をなすべきである。これによると、六月二日の受領額二九〇万円を元本として年一割五分の割合で計算した一〇日分の利息は一万一八九〇円であるから、残余を元本弁済に充当し、六月一二日残元本二九一万一八九〇円となる。以下は年三割の損害金計算とし、六月一二日の天引額一〇万円につき同様の計算をすると、一〇日分の損害金二万三〇三〇円、残元本二八三万四九二〇円となり、更に、六月二二日の一〇万円につき右と同じ計算を行うと、一〇日分の損害金二万二三九九円、残元本二七五万七三一八円となる。従って、同被告の債権は右の元本額までは認容しうるが、それを超えた分は失当である。
四 (抵当権登記と公正証書作成)
≪証拠省略≫を総合すると、同被告は原告から本件土地権利証と一緒に預った第一相互銀行の抵当権抹消登記申請書類を利用して、昭和四四年一一月四日まず本件土地に存した右相互銀行の一番抵当権を抹消したこと、次いで同年一二月一七日、預った実印を押捺した委任状、原告から差入れさせた印鑑証明書及び右権利証を利用し、司法書士大島敏雄を原告代理人として、本件土地に被告末吉・同勝治の持分を各二分の一とする抵当権設定登記をしたこと、昭和四五年三月七日同じく原告の実印と印鑑証明書とを利用して長男山口政広を原告代理人とし、本件公正証書を作成したこと、右公正証書により本件家屋に対する強制執行をなすに先立ち、飯島名義の印(実印でなく三文判のようである。)で司法書士飯塚保を原告代理人として本件家屋の保存登記をしたこと、以上の事実が認められる。
そこで問題は、被告末吉のこれらの行為が原告の意図に副うものであったかどうかである。原告本人はもとよりこれを否定し、同被告が甘言を以て権利証や実印を原告から取り上げた旨の主張に副った供述をしているのであるが、措信しえない。けだし、もし、原告のいうように権利証や実印を持つことが危険で、これらを伯父である同被告に預けておく方が安全であると信じられるような雰囲気があったとしても、それでは、原告が印鑑証明をわざわざ取って同被告に交付したと認められる事実を説明することはできない。預った実印を冒用し印鑑証明をも同被告が取って来たというなら格別、本件ではこれを原告が取って来て権利証と一緒に交付し、その後期限が切れて更に取りなおして交付したということを、その日付は別とし、原告本人の供述でもその事実自体は認めているのであり、これは原告主張とは相容れない事実とせねばならない。債権者に印鑑証明と実印と権利証とを交付することは、担保権設定登記や公正証書の作成の手続についての代理権授与を推定させるからである。少なくとも他に特段の事情がない限りそう言ってよいであろう。この点と同被告本人供述とを合せて、実印についてはともかく、権利証と印鑑証明とは昭和四四年六月中に同被告に交付され、その後三ヶ月の期限切れごとに二度新しい印鑑証明と差し替えられたものと認めることができる。もっとも、同被告本人が同年七月頃原告が改印した旨いっているのは、成立に争いない乙第一〇号各証によって明らかに感違いと考えられるし、従って実印の占有が貸渡し当初からあったという同被告本人の供述にも多少の疑いが残るが、他方、このことに関する原告本人の供述も一貫した正確なものではなく(例えば、初めに権利証と印鑑証明とを渡したというのが一一月二〇日なのか同月四日以前なのかはっきりしないとか、昭和四四年中に改印したかどうかも肯定したり否定したりしているとか。ちなみに、この後者の点は乙第一〇号証の二により同年一二月八日に改印されたこと明らかである。)結局先の認定に導く心証を揺がすものではない。
そうすると、この認定は、先に触れたように、特段の事情がない限り、被告の不動産に対する担保権設定登記や公正証書作成手続の代理権授与を推定させるところ、他の特段の事情というべきものは立証されていないから、右の推定を成立させてよい。そして、同被告本人の供述を合せ、この担保権は抵当権であったと認めることができる。
以上により、前認定の被告末吉の債権額については、本件の抵当権設定契約は有効というべきであるが、それを超える部分については無効であり、原告の抹消登記請求はその限度で理由があるといわねばならない。
被告勝治の抵当権登記については、先に示したようにその債権自体認め難いのみならず、電話で父末吉のと一緒に抵当権の登記をすると告げたら、原告が承諾した旨の同被告本人の供述は、原告本人の供述に照らし、到底措信し難いところである。従ってこの登記も抹消されるべきである。
しかしながら、問題の登記は、両被告が別々に抵当権者となっているのでなく、一口の六一〇万円の債権につき一個の抵当権を設定させ各二分の一の持分を有することになっているのであるから、登記手続上の問題として、前二段で見たような抹消登記という結論は採りえない。けだし、両被告共有名義の登記ある抵当権を被告末吉につき肯定し、被告勝治につき否定する以上、抹消ではなく、登記内容の更正によるべきであり、被告末吉の債権額についても同じことになる。結局、両被告共有名義の本件抵当権登記を被告末吉単独権利者名義の債権額二七五万七三一八円の抵当権登記に更正登記することに帰するが、登記手続の点では、抵当権登記の債権額の更正は別論とし、共有名義を単独権利者名義に更正する登記の方は、その単独権利者である被告末吉が登記権利者となるべきであるから、原告を登記権利者とし、被告らを登記義務者として後者の前者に対する意思表示を求める形での通常の債務名義では登記手続上、難を生じること明らかである。しかしながら、更に考えれば、かかる実体関係が認定される以上、被告末吉は被告勝治に対して、登記簿上共有名義の抵当権を単独権利者名義に更正するよう更正登記請求権を有する筈であり、従ってまた、原告は、不動産所有権者として被告末吉に対して有する登記請求権に基づき、同被告が被告勝治に対して有する右更正登記請求権を代位行使しうる筈である。すなわち、原告としては、まず、両被告に対し、本件登記の債権額六一〇万円を二七五万七三一八円と更正する更正登記手続を求め、その上で、被告勝治が被告末吉に対し、本件登記の抵当権者として両被告を連ね各持分二分の一とあるのを、被告末吉の単独権利者名義に更正する更正登記手続を求め抵当権者として有する持分二分の一を、被告末吉単独名義に更正する更正登記手続を求めれば、先に判示したような本件の実質的権利変動に即した、実体的結論にかなう登記が実現することになる。
これにつき残る問題は、抹消登記を求める原告の請求に基づいてこのような更正登記手続を命じることが訴訟法上の制約に反しないかであるが、両被告の抵当権を共に否定し、抹消登記を求めた原告の訴旨に鑑み、その請求は、被告の一方につき、従って下廻る債権額についてのみ肯定せられるときには、当然一部認容により本件のような更正(一部抹消)登記を求める趣旨を包含するものと解されるから(最高裁判所昭和三八年二月二二日第二小法廷判決民集一七巻一号二三五頁参照)、訴訟法の違反はない。
そこで、公正証書について考えるに、被告らの債権についての判断は既述と同様であるから、被告末吉の債権額についてのみ効力を認めうるが(なお、利息・損害金については、本来の月一割の高利を利息制限法の枠内に減縮したものと、また、弁済期も本来のそれより以後になったものとみて、いずれも原告に有利な変更であるし、原告が特にこの点を争わぬ以上、合意なしにも効力を認めてよいと考える。)、被告勝治についてはこれを認めることはできない。
ところで、本件家屋の保存登記は、先に認定したように、被告末吉が公正証書による強制執行に先立ち、勝手に原告の名を用いてなしたものと考えられるのであるが、前記のように、被告末吉に対して原告が所有不動産への担保権設定を承認したと見る以上、当時もし本件家屋が未登記でなかったとすれば、当然本件土地と同じ経過を辿ったであろうと推測されるのみならず、執行時まで、未登記のままであったら、強制執行に先立って代位による保存登記が行われたと考えられるわけでもあるから、債務名義としての公正証書が少なくとも被告末吉については有効であるとみる以上、右の保存登記の効力を取り立てて云々するには及ばないと考えられる。(それにまた、本件では、本件家屋に対する具体的な執行行為の取消が求められているわけではなく、債務名義としての公正証書上の請求権の消極的確認が問題とされているに過ぎない。)
五 (結論)
以上を総合すると、原告の請求に対する認容・棄却の関係は、冒頭主文第一項ないし第七項掲記のとおりとなる。よって、訴訟費用については民事訴訟法第八九条・第九二条・第九三条を、強制執行停止命令の認可・取消・仮執行については、同法第五四八条を、各適用して、主文のとおり判決する次第である。
(裁判官 倉田卓次)
<以下省略>